孔子廟 こうしびょう

ひーじゃー

2008年03月26日 22:38

1676年(尚貞8)、久米村に建てられた孔子および四配を祠る廟。


【民族】孔子祭祀は久米村の蔡堅が1610年(万暦38)に進貢使として中国に派遣されたとき山東省曲阜の聖廟を参拝し、そのおり孔子ならびに四配(顔子・曾子・子思子・孟子)の絵像を購い帰り、郷土の士大夫の家を輪番で奉安し、祭典をおこなったのが始まりである。1671年(康煕10)金正春が孔子廟建立の件を尚貞王に啓奏して許可を受け、72年に廟地を泉崎橋頭の久米村に選定してただちに着工し、74年建物が竣工。75年5月孔子および四配の聖像の塑像に着手し、76年1月完成。この年から毎年春秋2回、最初の丁の日に釈奠(セキテン)がおこなわれた。


正門には「至聖廟」の扁額が掲着され、俗に<チーシンブー>と呼ばれた。聖像製作者平田典通、絵師査秉徳(仲宗根親雲上)。第二次大戦で廟堂・聖像・蔵書などが灰燼に帰し、敷地は国道58号が貫通して37坪余を残すのみで、廟宇の建立が不可能となった。社団法人久米崇聖会では天尊廟敷地内(那覇市若狭)に廟地を選定して復興工事に着手し、1975年(昭和50年)1月25日に落成式と復興後第一回の釈奠の礼をおこなった。久米の孔子廟後地には、孔子銅像を建立(1975.1)し、孔子廟・明倫堂後の碑も建立されている。

-沖縄大百科事典から引用ー



社団法人久米崇聖会ホームページ(儒教、道教)
http://kumesouseikai.jp/index.php

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